30年ほど前の補聴器をつけ始めたちいさいちーママのお話。
はじめて補聴器をつけ音を聞いた時、不思議そうにじっとしていたのを昨日の事のように覚えています。
不安で押しつぶれそうな毎日でしたが、少しだけ前進できたような気がして涙があふれてきました。
お子さんによっては、慣れるまでに時間を要することもあるようですが、ちーは耳に補聴器をかけることもイヤモールドをいれることも嫌がることなく自然に受け入れてくれました。
夢中で遊んでいるときに外れていて慌てて探したりもしましたね。
当時の高難度補聴器は今よりかなり高額でした。
それにとても繊細な機器で、強い衝撃を与えると壊れてしまいますし、耳につけたままぶつかったりすると、耳まで傷つけてしまいます。
また、水にも弱く、急な雨が降ってきたときなどはちーさんごと抱えて避難させていました。
そして最も気をつけなくてはいけないのが夏場の汗です。
塩分を含んでいる汗は補聴器の天敵です。
こまめに汗を拭いたり、補聴器に医療用の指ガーゼをあてたりしていました。
ちーさんの体の一部でもあるわけなので、大切にするように繰り返し伝えていました。幼いながらによく理解してくれていたと思います。
いやはやホントに健気で利口でかわいい娘でした。(はい親バカです)
しかし補聴器をつけたとたんあふれるように言葉数が増えてしゃべりだす…そんな夢のようなことは残念ながらありませんでした。
難聴児の教育
難聴児教育は耳からの情報が足りない分、あらゆる機能や感覚を利用しながら、さまざまな経験を通して概念を身につけていきます。
例えばそらを飛んでる「飛行機」を理解させようとします。そうしたら、空を見上げるのはもちろん、図書館に行って飛行機の本を借りてきて繰り返し読んだり、レンタルビデオ屋さんにいって飛行機に関連するアニメーションを見せたり、時には飛行場まで足を運び、よりリアルに体験させたり…といった具合です。要は一つひとつのことを、より深く様々な角度から体験させるのです。
まだスマホもない時代でしたので、今の聾教育は少し違うかもしれません。ただ、聴力を補うためにさまざまな努力をされているのは変わらないのではないかと思います。
当時「聴覚障害児を育てることは、健聴児6人~7人育てるほど大変」と言われていました。それは、こういったことからだと思います。
ただ私の場合、子どもがちーさんだけだったこと、わたし自身好奇心旺盛だったこと、もとより出かけるのが好きだったことなどが幸いして、苦労と思うことはなく、逆に一緒に楽しんでいました。
はじめての言葉
そんな毎日を繰り返していたある日のことです。ついにちーさんが初めて単語を発しました。
当時、ちーさんと同じ年の子に
「なんでちーちゃんはお話ししないの?」
と普通に聞かれていましたので、かなり言葉が遅かったのは間違いないです。
そんなちーさんが一番最初に単語を発したときのことは、今でも忘れられません。
ちーさんの一番最初にしゃべった言葉は
「葉っぱ」
です。
いや~これは感激しました!!
当時住んでいたアパートの前で隣のお家のお庭をみていたときのことでした。
いつものように返事を期待することもなく、何気に
「葉っぱが青くてきれいだね」
と、話しかけたときに
「はっぱ」
とふいに真似たのです。
「えっ?えっ!ええ~っ!!はっぱ?はっぱって言った?言ったよね!?すごい!すご~い!!」
思わずちーさんをぎゅーっと抱きしめたまま走り回り、嬉しくて嬉しくてぴょんぴょん跳ね回りました。
わたしがあまりに喜んだからでしょうか。もしかしたら、ちーさんも目の前にあるものが葉っぱというものなんだと気づき嬉しかったのかもしれません。笑いながらなんども
「はっぱ、はっぱ」
と繰り返していました。
ヘレンケラー女史の「ウォ―ター」はあまりにも有名ですが、その時のサリバン先生もわたしとおなじように小躍りしたかもしれません。
とにかく感動しました!
そしてこの直後から、ちーさんは次々と単語を覚えていったのです。
補聴器をつけてから1年以上過ぎた日のできごとでした。
その後、会話として確実に言葉を獲得したのは小学校に上がってからです。耳の聞えない子の中でも格段に遅い方ではありましたが、いまアラサーになったちーさんはホントによくしゃべりますし、本も普通に読んでますし、仕事上必要な資格の取得などにもどんどんチャレンジしています。
早期教育は選択肢や可能性を広げるために、必要なことだとは思います。(もし、ちーさんが早期教育を受けていたら、博士か大臣になっていたかも 笑)
しかし、こればかりは個人の資質や生きていく過程のさまざまな環境にもよるので、長い目でみたとき必ずしも遅れをうめられないケースばかりではないと思います。
なので、いま何かスタートが遅れて焦っている人がいたら、周囲をあまり気にせず、まずは目の前の出来る事からやっていくことが大切だと思います。
それを繰り返しているうちに、ふと気がつくと周りを気にする必要すらなくなっているかもしれませんよ。